髪を惹く



手持ちぶさたになると理瀬の髪に手を伸ばすのは佐和のくせだ。

今日も今日とて、ちょいっと髪が引っ張られる感覚に理瀬はつられたように首っ引きになっていた数学の教科書から顔をあげた。

「佐和さん?」

「気にするな。」

「き、気にするなと言われても・・・・」

それは無理でしょう!と悲鳴をあげる代わりに、理瀬は口許を引きつらせた。

ついさっきまで宿題をすると言った理瀬に合わせて読んでいた本のページを捲っていたの佐和の指はいつの間にか理瀬の長い黒髪を一房絡め取っている。

平均女子高生の髪の長さから比べればいくらか長めの理瀬の髪とはいえ、床に着くほど長いわけではないので、髪を絡め取れる距離といえば、肩が触れるぐらいの距離に佐和がいるわけで。

(気づいちゃったらもう駄目〜〜〜)

一応は教科書に目を戻してみたものの、理瀬は内心呻いた。

他の誰かだったらこんなに気が散ることはないと断言できる。

居合いで鍛えた集中力は伊達ではない。

けれど佐和に関しては全く持ってそれは無意味だった。

なにせ、理瀬にとって佐和は一年前に一般人にはどう説明しても分かってもらえないような状況で恋をし、ほんの僅か前に奇蹟のように再会した恋人なのだから。

そんな人が近くにいてそっちに意識が向かないほうがオカシイというものだろう。

おかげでわからなかった数学の教科書が、さらに輪をかけてただの記号の羅列に見えてきた理瀬は諦めるようにため息を一つついて、目線だけで自分の髪の先にいる佐和を見た。

自分が向かっている机に、背をよりかけるようにして座っているのでそれだけで簡単に佐和に視線がいきつく。

今は出会った時のように、時代めいた装束ではなく普通の青年のように洋服を着た佐和は恋している贔屓目を差し引いても現代のアイドル顔負けのきれいさだ。

半眼を伏せたような表情がいつか、はじめてあった時のような冴え冴えとした雰囲気に合っていて理瀬は思わず零れそうになったため息を飲み込んだ。

その時、視線に気がついたのか滑るように佐和の視線が上がり理瀬と目が合う。

どきんっと理瀬の心臓が跳ねた。

「どうした?」

「え?あ・・・・」

「手元が留守になっている。」

「あーうー」

意味不明のうめき声を漏らす理瀬に、佐和は口許を緩めた。

ほんのちょっと意地悪なその笑みに理瀬は一瞬見惚れ・・・・直後に、ん?と眉間に皺を寄せた。

「もしかして、確信犯?」

「何のことだ?」

誤魔化すようでもなく、たださらりと言われたものの理瀬にはそれがしっかり肯定に聞こえた。

シャープペンシルを教科書の上に置いて理瀬はため息を一つ。

「佐和さんって私の髪を触るの、癖ですよね。」

「そうか?」

「そうですよ。」

理瀬にそう言われて佐和は少しの間、指に絡めていた一房の髪をほどいたり掬ったりした後頷いた。

「そうかもしれない。去年も言ったような気がするが、お前の髪は綺麗だから。」

「うぐっ」

何かのダメージでも食らったような声を出してしまった理瀬に佐和は今度ははっきりと笑う。

「褒めたつもりだが?」

「・・・・佐和さんの褒め言葉はダメージが大きすぎるんです。」

(あんまり言ってくれないし、そもそも普段はさっぱりしてるから・・・・)

だから時々示される佐和の好意は理瀬にとってはほとんど凶器だ。

(嬉しすぎておかしくなる。)

今もドキドキと煩い心臓を抱えて思わず理瀬が深呼吸などしていると、またついっと髪が引っ張られる。

そして。

「理瀬の髪はさらさらしていて心地良いが、それ以上に」

そう言って佐和は引き寄せた理瀬の髪に唇を落とした。

「!!!」

ボンッと音がしそうな程の勢いで真っ赤になる理瀬を佐和は目を細めて見つめて言った。
















「この程度で赤くなるお前が好きだからな。」
















「さ、佐和さん〜〜〜〜〜〜〜!」

(か、からかわれてる!)

なんとか怒ったように睨んでみるものの、紛れもなく真っ赤な顔ではそのかいもなく、くっくっと笑いながら佐和が理瀬の髪をちょんっと引っ張る。

ちょんっと、痛くない程度に。

でも、それが何の合図か気がついて理瀬は形ばかり怒るのも諦めて困ったように微笑んだ。

「もう今日は許容量オーバーです。」

「?何がだ?」

「私の心臓。爆発したら佐和さんのせいですからね?」

少しぐらい恨みがましく聞こえるといい、と思いながら言った言葉に佐和はそれはそれは優しく微笑む。

そして引かれる髪に惹かれるようにそっと身を乗り出した理瀬の頬に、ゆっくりと影が落ちて・・・・。

―― 教科書の上で、もう用無しになってしまったシャープペンが最後の警告のように転がったことも、もう理瀬の目には入っていなかった。




















                                                〜 END 〜















― あとがき ―
神式はみんな好きですが、本編中あまりラブなシーンが少なかったせいか佐和×理瀬には肩入れしたくなりました。